太陽が真東より昇り、真西へと沈む今日。
午前中に佐志生支坊、午後から坂ノ市の本坊にてお中日のお彼岸法要をお勤め致しました。
先ず佐志生は、今日が四日間の法要のご満座。
コロナ禍で、例年に比べてややお参りは少なかった感がありますが、
初日から数えてみると、延べ60名近いご門徒がお参りをくださいました。
初日から続けてお参り下さった方、今日のお中日は何があってもとお参りくださった方、本当にようこそのお参りでした。
佐志生支坊の石碑に、説教場として、明治23年の春、妙蓮寺第18世宗靖の時に起工され、夏に完成したことが示されています。
つまり、西暦1890年、今から131年前です。
また、続けて「㳒」(ホウと読み、仏の教えを表す漢字)と「莚」(字が潰れてはっきりしませんが、おそらくエンと読み、座席や会場を表す漢字)とあり、
㳒莚(ホウエン・法座のこと)を開く毎に、聴衆が満座(満堂)であったと読めます。
佐志生門徒のご先祖様方による、仏法愛楽の思いとその歴史が偲ばれます。
石碑の内容は、またいつかこのホームページに詳しく書いてみたいと思います。
しかし、この131年間、 いったいこれまで何人の方々が阿弥陀様のお話を聴聞し、お念仏されてきたことでしょうか。
老若男女の多くの先輩方が、お彼岸や報恩講に参拝しては、阿弥陀様を慕い、お浄土を想ってこられたのです。
そして、みんな阿弥陀様に抱かれて、お浄土に生まれて往かれたとすれば、
私たちもやがて生まれて往く、西方浄土のなんと賑やかで、頼もしいことかなと思います。
さて、坂ノ市の本坊でも、例年よりは少なかったとはいえ、
コロナ禍にもかかわらず、多くのご参拝がありました。
感染対策の一つとして、障子を全て外し、密にならないように椅子を設置しました。
読経も、お説教も、お聴聞もマスクをします。
お参りが思いのほか多く、読経のボリュームを少しおさえて頂いたり、御斎も2年続けて中止するなど、
様々にままならない法要となりましたが、皆さん本当にようこそのお参りで、住職としてとても有難いことです。
坊守をはじめ、前住職、前坊守はもちろん、総代さんや仏壮、仏婦の役員さんも大変喜んでおられました。
坂ノ市の本坊では、26日(日)までお彼岸法要が勤まります。
佐志生や松ケ岳など臼杵のご門徒も、大分市内のご門徒もぜひお参りください。
夕焼け空のむこうに、美しき西方極楽浄土に生まれ往かれたご先祖の、そして我が命の往く先を偲びます。
追伸
本日お話した法話の内容は、後日「住職法話」で書いてみたいと思います。
良ければ、先ずは関連法話をご覧ください。